SCENE102
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武蔵野美術大学内に設置された「ゼロスペース」は、学内キャンバスにある大小20以上の建物の中で、デザイン学科の中心部に当たる9号館1階にあります。9号館が建てられた当初から、1階は進路情報スペースとして20年近くそのままの状態でしたが、ICT環境の整備と利用者の減少を受け、リノベーションの必要性が認識されるようになりました。リノベーションにあたっては、空間コンセプトを「集う・憩う・学ぶ・出会う・交わる」とし、学生・教職員・来校者にとって快適で有用な「居場所」かつ美術大学にふさわしい「創造的空間」となることを目指しました。「ゼロスペース」は飲食もでき、個人・グループワークもできます。しかし、美大で重要な学びとなる「制作」は不可とし、展示も基本的に不可にしています。美術大学には制作のためのアトリエや工房が学内に数カ所設置されおり、机と椅子が固定された講義室以外ほとんどの教室が制作に使用できるため、学生同士が想像力を養うようなコミュニケーションの場が求められていたのです。旧進路情報スペースは、東西2面が35mのガラスウインドウで、中央に東西南北を交差する通路が設けられていました。通路は双方の出入口を一直線で結び、使いやすい室内導線として計画され、その十字通路によって4つの空間に分割されていました。しばらく観察していると、近くに並行して複数の通路があるにも関わらず、室内にあるこの十字通路に人が集まる傾向があることに気付きました。35mの直線通路のため小走りになる人も多く、床フローリングの足音が響くこともわかりました。ここが人の居場所、憩いの場となるために、音は改善したい問題です。移動する人の多い休み時間に調査すると、川の水流のように聞こえてきました。歩行スピードを少しでも緩められないかと考えたとき浮かんだのが、川の流れの中で小石の陰に身を潜める魚の姿です。何か直線歩行を妨げる小石(=安心できる居場所)を置くことで迂回してもらい、スピードを緩めて音を小さくする。人の居場所を中央に、人の流れを周囲に入れ替えることでスピードと音の問題が解消できるのではないかと考えました。次いでベンチのデザインですが、学生がどのように使うのかを想像しながら模索しました。1961年に開設された武蔵野美術大学鷹の台キャンパスは、美観へのこだわりが一貫してお白いサークルがつくる中心領域大小使い分ける石ころベンチ空間リノベーションという可能性CULTURAL FILEリノベーションとは、その場所に新しい価値を与えることです。時間の経過とともに役目を終え、新たな役割へとアップデートしてゆく。それは、乾いた土に水を与えることにも近く、生き生きし続けることは、手を掛けてゆくことでもあります。すでにあるものを利用し、活かし、新たな価値に変えてゆくリノベーションの可能性に期待したいと思います。さて、今回は最近のリノベーションの実例をご紹介します。CULTURAL FILE「石ころ」のようなベンチ「創造的空間」を目指して人の流れを川の流れに例えて13

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