SCENE85
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金堂のカルテ/応力波法で測り推定したヤング率。金堂のカルテ/推定ヤング率の分布から保証強度が分かる。赤線が最低ライン。以降は、木造建築の研究者が増えてきています。一方で日本の森林資源は、その頃に細かった木々がようやく建築材料として使えるように育ってきましたので、現代的な木造建築のできる条件が整いつつあります。 木材のような生物材料には、“生物劣化”と“老化”という2つの現象が見られます。人間に例えると“生物劣化”は癌のような病気、“老化”は年齢による体力の変化(エイジング)でしょうか。古建築の場合は、この両者の検査を行い、耐震診断や修繕計画に役立てています。現在その木材が持っている体力測定については、第1回で紹介した「実物大木材の曲げ試験」を基本とした非破壊検査方法を用います。木材は天然材料で個体間差があるうえ、材内の個体内変動も大きく、さらには強度に寸法効果が現れるため、たとえばコンクリートのように小さいサンプル試料を切り出して強度検査をすることができません。そこで、これまでに蓄積してきた膨大な木材の強度試験結果を基に、強度性能と高い相関をもつヤング率(ばね定数のようなもの)を非破壊的に測定することで、木材の強度性能を保証するという方法が採られています。ヤング率を非破壊的に測定する方法はいくつかありますが、古建築では主に「応力波法」を使います。 この方法では、木材に物理的な衝撃を与えてその波が伝わるスピードを計り、強度試験結果のデータベースを利用した統計学的なシミュレーションにより、ヤング率を推定します。そのヤング率に対応する強度分布の最低ラインで、保証強度を決めます。 私たちが検査・診断に関わった河内長野市の「天野山金剛寺金堂」は、1302年に建立され、1605年と1695年には大改造が行われた重要文化財です。この古建築でも、保証強度を決めるために「応力波法」が使われました。その結果、柱や大きな梁を残した状態での修復が2009年から始まり現在も続けられています。 なぜこうした古建築の検査をするのかというと、“木材が資源として貴重”だからです。そして木材は、コンクリートなどの工業材料と違って生物材料なので、欲しいときにすぐ手に入るわけではありません。もともと日本には、「天野山金剛寺金堂」のように古材をリユースして使ってきたいぶし銀のような建築生産方法がありました。 しかし現代の建築システムでは、様々な理由から古材のリユースは難しい状況となっています。私は、古材がなぜ生き残っていたかを研究して、古材と新材がそれぞれの性能を発揮できるように使えたらいいと考えています。バラツキがある材料集団をいかに長く活かせるのかは、会社の持続的な活性化に似ているように思えます。集団力で勝負する積層材、個人の力が活きるたいこ材、使い勝手のよい製材。それぞれを適材適所に使うことにより、ストックとしてより良質な建築物を創ることができるのではないでしょうか。 また、現代的な木造建築を発展させるには、日本の森林資源の生産環境を整えることも重要です。今の幸せだけを考えるのではなく、子どもや孫の世代が使う50年後100年後の森林資源をどうすればいいのか。持続的な生産体制を構築し、維持していくことが、私たちが未来の世代に持っている責任だと思います。また、地域で暮らす私たちは地域の文化や環境と無縁ではなく、どのような木の文化や建物に囲まれて暮らしたいのかを意識することも大切ですね。 私は“新たな木の文化”を創るために研究を進めていますが、人類より長い歴史を持つ「木」はそれを受け止めてくれると思っています。「天野山金剛寺金堂」の木材強度調査100年越の古建築を診る最新の技術。木材科学を通じて未来の地球環境を創造。※CLT:Cross Laminated Timberは欧州で開発された工法。直交積層で断熱性・寸法安定性・耐震性に優れる。※木骨石造:木材で柱や梁の骨組みを、石材で壁を作り、骨組と壁の両方で支える建築構造。CULTURAL FILE 16

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