SCENE98
13/36

2時間半にも及ぶ試合中の環境変化は最も重要な要素で、刻々と変化する氷の状態を常に把握するように努めます。よく使われている場所やスウィープの量など、作戦やプレーの内容に関わるものだけでなく、観客の数や空調、外気温や湿度など、様々な条件が氷に変化を与えます。プレイヤーには、これらを瞬間的にニュアンスとして感じ取ることが求められます。また、プレイヤー自身の心理面の情報も重要です。カーリングでは、数ミリレベルの精度が求められ、ストレスやプレッシャーを感じる局面が続きます。どれだけスキルが高くても、100%のパフォーマンスを出し続けることは難しいでしょう。しかし、ミスを起こしにくい考え方をしたり、別の作戦に切り替えたりすることでミスを活かすことはできます。そのため、Aプラン、Bプラン、Cプランと、起こりうる全ての可能性まで含めて作戦とします。失敗を失敗に終わらせないことができるのも、この競技の特徴と言えるかもしれません。面白いことに、技術力の高さが結果につながらないことも多く見られます。世界選手権のような強豪チームが集まる大会でも、試合中のショット率の高いチームが低いチームに負ける、ということがよくあります。これは、ミスをした数ではなく、どこでミスが起きたかが結果に影響している、ということです。違う言い方をすれば、スキルに関わらずコニュニケーションの取り方によっては勝利を掴むことができる、ということです。メンバー間の繊細なコミュニケーションによって、スキルを発揮しやすい環境を作り、イメージを1つに合わせ全員の力で目標を達成します。逆に言えば、コミュニケーションのミスは個人のミス以上にあってはならないことです。プレイヤーのスキルと状況への対応がバランスよく組み合わされた時、良い結果がもたらされるのです。さて、これまで芸術大学が輩出を目指してきたデザイナーの中心は、カーリングで言うところの「カリスマスキップ」でした。専門に特化し、高いスキルを持って独自の表現ができることが重要視されてきました。しかし現代においては、情報に対する総合的な処理能力が必要とされ、マルチなスター選手のような人が求められることが多くなっている気がします。確かに、デバイスの進化は、大量の情報を手軽に扱うことを可能にし、既にデジタルネイティブ世代である学生にとって、その環境は特別ではありません。とはいえ、人間の能力がそれに適応するほど進化しているわけでもありません。最近は、情報に振り回され頭でばかり考え、理想を掲げすぎるあまりに手が止まり、具体的な形にすることができない学生も増えている、と強く感じます。これからの時代は、チームデザインが主流です。積極的なコミュニケーションによって、メンバーの得意技や知識を共有し、様々な価値観を織り交ぜた豊かなデザインを目指すべきでしょう。多角的な視点を持ち込めば、スピードや変化に柔軟に対応でき、目標達成できる可能性も高まります。そして最後は、皮膚感覚を大切にしながら、オリジナリティのある完成形を表現します。責任と覚悟をもって、ラストショットを確実に決めるためには、強いメンタルとスキルが必要不可欠です。学生には、自らの考えを自分らしく堂々と表現するための技能をしっかりと身に着けるべく、努力研鑽してもらいたいと思っています。愛知県立芸術大学 准教授森 真弓 氏Mayumi Mori1996年、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了、博士号取得(美術)。ヒト、モノ、場所、時間などの間に存在する「接点」を表出させることをテーマに研究を行う。光、音、映像によるインスタレーション、各種インターフェースデザイン、コミュニケーションデザイン、イベントプランニング、デザインマネージメントなどを得意とする。また、日本スポーツ協会に所属し、日本カーリング協会公認カーリング上級指導員としての活動も行う。繊細なコミュニケーションが導く結果カーリングで読み解くデザイン大事な局面では、すぐに情報収集し意見交換する。メンバーの間で常にイメージを共有することが大切。12

元のページ  ../index.html#13

このブックを見る