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COLUMN コラム

2020.12.18

デザイン教育の目指すもの
ー 前編 ー(全2回)
愛知県立芸術大学 准教授 森 真弓 氏

私たちを取り巻く社会は、技術の進歩とともに目まぐるしい変化を遂げています。それとともに、「デザイン」という言葉が示す内容も多様化し、様々なジャンルで「デザイン」という言葉が使われるようになりました。その中で、芸術大学のデザイン教育は、これまでの感覚的な専門技能を伸ばす時代から、変化に柔軟に対応できる人材育成が求められています。今回は、コミュニケーションというキーワードを軸に、これからの若きデザイナーがどうしていくべきか、考えてみたいと思います。

カーリングという競技

突然ですが、私はカーリングをしています。カーリングはスポーツでありながら、自分の仕事と似ている面が非常に多いと感じています。
カーリングは「氷上のチェス」とも呼ばれています。カーリング女子日本代表の銅メダル獲得を機に、メディアでも多く取り上げられ、皆さんに知られるようになりました。囲碁や将棋とも似ており、手の内が常に公開された状態で、2チームそれぞれ4人のプレイヤーによって試合が進められます。どこがスポーツに値するのか?という声もいまだに聞かれますが、見かけ以上にハードな側面を持っています。誰にもわかりやすい競技性や、年齢や性別などによる差が出にくいことなど、競技を理解するにも始めるにもハードルの低いスポーツであると言えます。そして、数ある競技の中でも、試合中にここまで頭を使い続ける競技は他にないでしょう。
スポーツ競技を突き詰めていくためには、体とメンタルを鍛えよりよい結果を出す、というのが通常の考え方です。もちろんカーリングも、競技者として高いパフォーマンス力を身につける必要がありますが、それと同等かそれ以上に重要なのは、高いチーム力だと考えられています。団体競技で代表チームを編成する場合、全国のプレイヤーから監督が選抜メンバーを招集することが多い中で、カーリングでは、代表選考会で勝ち上がったチームがそのまま代表チームとなります。その理由は、繊細で深いコミュニケーションによる情報共有の必要性があるからです。
そんなカーリングは、この十数年間で、競技のスタイル、特にチームのあり方が大きく変化しています。

チームとしての考え方の変化

チームを編成するメンバーはリザーブを含めた5人のみで、ポジションも含めほぼ固定しています。もともとは、スキップ(司令塔)が考えた作戦を、その他のメンバーが指示通りに遂行することが重要視されていました。スキップの判断は絶対的なものであり、チーム名にスキップの名前が掲げられるところは、この競技の特性をよく表しています。
しかし最近、競技としての研究が進み、アイスコンディションや石の状態などプレーに影響のある要素に対して、より多くの情報を掌握しているチームが台頭してきました。現在では、スキップの立てた方針に沿って、それぞれのポジションから気づく多角的な情報を交換し、常にチームで問題点などを共有しながら試合を進めます。1プレーごとに全員で答えを導き出し、積み重ねていきます。この共有すべき情報の種類が多岐にわたるのが、カーリングの独特な世界です。

繊細なコミュニケーションが導く結果

2時間半にも及ぶ試合中の環境変化は最も重要な要素で、刻々と変化する氷の状態を常に把握するように努めます。よく使われている場所やスウィープの量など、作戦やプレーの内容に関わるものだけでなく、観客の数や空調、外気温や湿度など、様々な条件が氷に変化を与えます。プレイヤーには、これらを瞬間的にニュアンスとして感じ取ることが求められます。
また、プレイヤー自身の心理面の情報も重要です。カーリングでは、数ミリレベルの精度が求められ、ストレスやプレッシャーを感じる局面が続きます。どれだけスキルが高くても、100%のパフォーマンスを出し続けることは難しいでしょう。しかし、ミスを起こしにくい考え方をしたり、別の作戦に切り替えたりすることでミスを活かすことはできます。そのため、Aプラン、Bプラン、Cプランと、起こりうる全ての可能性まで含めて作戦とします。失敗を失敗に終わらせないことができるのも、この競技の特徴と言えるかもしれません。面白いことに、技術力の高さが結果につながらないことも多く見られます。世界選手権のような強豪チームが集まる大会でも、試合中のショット率の高いチームが低いチームに負ける、ということがよくあります。これは、ミスをした数ではなく、どこでミスが起きたかが結果に影響している、ということです。違う言い方をすれば、スキルに関わらずコニュニケーションの取り方によっては勝利を掴むことができる、ということです。
メンバー間の繊細なコミュニケーションによって、スキルを発揮しやすい環境を作り、イメージを1つに合わせ全員の力で目標を達成します。逆に言えば、コミュニケーションのミスは個人のミス以上にあってはならないことです。プレイヤーのスキルと状況への対応がバランスよく組み合わされた時、良い結果がもたらされるのです。

カーリングで読み解くデザイン

さて、これまで芸術大学が輩出を目指してきたデザイナーの中心は、カーリングで言うところの「カリスマスキップ」でした。専門に特化し、高いスキルを持って独自の表現ができることが重要視されてきました。しかし現代においては、情報に対する総合的な処理能力が必要とされ、マルチなスター選手のような人が求められることが多くなっている気がします。確かに、デバイスの進化は、大量の情報を手軽に扱うことを可能にし、既にデジタルネイティブ世代である学生にとって、その環境は特別ではありません。とはいえ、人間の能力がそれに適応するほど進化しているわけでもありません。最近は、情報に振り回され頭でばかり考え、理想を掲げすぎるあまりに手が止まり、具体的な形にすることができない学生も増えている、と強く感じます。
これからの時代は、チームデザインが主流です。積極的なコミュニケーションによって、メンバーの得意技や知識を共有し様々な価値観を織り交ぜた豊かなデザインを目指すべきでしょう。多角的な視点を持ち込めば、スピードや変化に柔軟に対応でき、目標達成できる可能性も高まります。そして最後は、皮膚感覚を大切にしながら、オリジナリティのある完成形を表現します。責任と覚悟をもって、ラストショットを確実に決めるためには、強いメンタルとスキルが必要不可欠です。学生には、自らの考えを自分らしく堂々と表現するための技能をしっかりと身に着けるべく、努力研鑽してもらいたいと思っています。
【後編につづく】

愛知県立芸術大学 准教授
森 真弓
Mayumi Mori

1996年、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了、博士号取得(美術)。ヒト、モノ、場所、時間などの間に存在する「接点」を表出させることをテーマに研究を行う。光、音、映像によるインスタレーション、各種インターフェースデザイン、コミュニケーションデザイン、イベントプランニング、デザインマネージメントなどを得意とする。また、日本スポーツ協会に所属し、日本カーリング協会公認カーリング上級指導員としての活動も行う。